新薬開発の四方山話(4):時差ボケ(Jet Lag)は記憶力低下に拍車をかける?

米国カリフォルニア大学アーバイン校(the University of California at Irvine)は、神経科学界でも世界的に有名な大学です。そこから表題の研究発表がごく最近なされましたので、ご紹介します。

さて私たちが海外旅行すると必ず悩まされるのが「時差ボケ」。太陽光の刺激が眼から脳に到達し、 脳の決まった領域(松果体;pineal gland)で認知され、約12時間毎の昼と夜とのリズムが作られ(概日リズム;circadian rhythm)、これが乱されると「時差ボケ」になります。ところでアルツハイマー病(AD)に罹患すると日中はウトウトしていますが、夜になると目がバッチリ開いて、夜中に徘徊が始まりますね。この現象は果たして「眠りが浅く」なって起こるのでしょうか、それとも逆にADに罹患した結果として「眠りが浅くなる」のか?AD患者での「記憶低下」との関連は?

研究者たちは「概日リズムの乱れ」と「記憶力」との関係を検索することを目的に、正常なマウスとADマウス(遺伝子操作によって人為的に作製されたADモデル)を使って、次のような実験をしました。

通常は12時間であった「消灯時間」を3日毎に8時間ずつ短くし「概日リズム」を人為的に乱したマウスを用い(8時間というのは、ちょうど日本と欧州との「時差」に相当します)、そののちに、これらマウスの「記憶力」を測定しました(記憶力測定系については、あまり専門的なので触れません)。正常な明暗サイクル(12時間明るい+12時間暗いサイクル)におかれたADマウス、ならびに「概日リズム」を人為的に乱された正常なマウスと比較しても、人為的に昼夜サイクルを乱されたADマウスでは「記憶力」が異常に低下していることが判明しました。なお、「概日リズム」を人為的に乱された正常なマウスにおいてさえ、乱されなかった正常なマウスより「記憶力」は下がっていました。

さらに、これらマウスの脳内の変化を神経化学的に検討したところ、「概日リズム」を人為的に乱されたADマウスでは「脳内グルタチオン;glutathione量が異常に低下している」ことが判明し、「記憶力の低下」と良くマッチしていました。グルタチオンは活性酸素に対して防護的に作用している生体内抗酸化物質です。「時差ボケ」が脳内で活性酸素を発生させ、その消去系であるグルタチオンの作用を凌駕し、脳細胞の酸化還元電位(redox potential)を酸化に傾け、「記憶力の低下」が起こったものと解釈されます。

「時差ボケ」は正常人でもADに罹患した患者でも「記憶力の低下」を起こします。こうしてまで海外旅行なさりたいのですか?もう一度「良く考えて」から実行に移して下さいね。TOBIRA・小出徹でした。

コラム小出(4)-表1

表1 活性酸素の種類 (Wikipediaから抜粋)

コラム小出(4)-図1

図1 生体内抗酸化系:ビタミンC (ASC) グルタチオン(GSSG+GSH)(Wikipediaから抜粋)